「あなたの手にさわったことがありますか?」
このワークショップ・プロジェクトの目的の一つは、自分のからだの一部を自分の一部ではない「もの」として再発見することです。私たちは、毎日、自分の手をさわり、自分の手を使ってものをさわり、自分の手は自分の一部であると信じています。そして、それが、自分の手を知っている、という「確信」を知らず知らずの中に私たちの中に形作っています。しかし、私たちは、自分の右手を左手でしかさわれないのです。
このワークショップでは、参加者が手の石膏型を作ることで自分の手を両手でさわる機会を得て、自分のからだの再発見につながれば、と思っています。
第二の目的は、展覧会の空間における展示品と鑑賞者、作品を制作するアーティストと鑑賞者、という分割が実はあいまいなものであることを提示することです。ワークショップの参加者は会場において自分の手の石膏型を再開を果たすことで、「展示品である自分」と「鑑賞者としての自分」という分裂した自分のアイデンティティーを経験します。また、石膏型を作る際に一番重要である型の制作に参加することにより、「作品を作った人間」の一人となることができます。ここで私はたった一人の「作品を作った人間」ではなく、多くの「作品を作った人間」のうちの一人に過ぎなくなります。
このような曖昧さは、芸術作品というものは、実は固定されたものではなく、常に変化を続ける「世界」(mobile continuum)の一部に過ぎないところから生じてくるのではないでしょうか。私たちは、たとえば、ダビンチの「モナリザ」を見ると、いつでも同じ作品であると思いがちですが、実は、ほんのちょっとした体調の変化、心理的状態、身体運動などによって、その時々で、同じ絵を見ていても実は違った経験となっているはずです。このような考えは「一期一会」という言葉の中に端的に示されており、伊勢利枝によって、その作品の中に優れた形で取り入れられました。
第三の目的は、この点をプロジェクトを通して暗示することにあります。展覧会場に展示された手は、アーティストの活動の帰結としての作品ではありません。これは、今でも続いている一つの流れの一部であり、その流れはある固定された形としての帰結を持ちません。個々の石膏型はワークショップの参加者に返されます。私の手元には、「作品」は残らないのです。しかし、この一つの流れとしてのプロジェクトが、川が海に流れ込むように、参加者の記憶の中に流れ込み、その中にいつまでも残響として残れば、と願っています。